鬼退治
義弟宅の飼い猫が家出した。一週間たってまだ戻らない。チョビという名でトラ模様の雄だ。幼い頃カラスに襲われ、その時の怪我で真っ直ぐには歩けない。ヨット・レースのタッキングみたいに身体をねじって斜に斜に歩く。猫世話役は義弟の長女。彼女が変な夢を見た。チョビがお地蔵さんの前に寝ていて、それを見知らぬお爺さんが抱き取って行く夢だ。その猫抱き爺さん、彼女の話を聞くとまるで先週亡くなった私の父にそっくりだった。チョビの家出は父の葬式の日。彼女は私の父に会ったことは一度も無い。
私は犬をニ匹飼っている。内、一匹が死んだり生きたりの毎日だ。年老いたマルチーズ犬で名をガー助という。七年前、神戸市内の某墓地の外れで行き倒れていたのを獣医が拾い、我が家へ連れてきた。ガー助の名はガーガー吠えるからだ。彼は最近心臓発作を起こしてたびたびひっくりかえる。が、不思議とそのつど周囲が異変に気づき、だれかが彼の胸をたたいて事なきを得る。ここ数日再三ひっくりかえり、いつ死ぬかと気が気でない。つい先程もひっくりかえって私が彼の胸をたたいた。ニ〜三分たたいてなお反応が無いからとうとう死んだかとあきらめたら、ガーという声と共に又よみがえった。あの世の入り口に長ションベンでもして来たのだろうか。今、彼はそしらぬ顔でこの世の竹輪を食べている。ガー助は竹輪が大好物。生き返ったご褒美である。
私の女房が危うくあの世へ行くところだった。父の介護や葬儀などで過労が過ぎたの
だろう。女房が言うには、トコトコ歩いていたら自然と三途の川へ着いたそうだ。で、
川の乗合船の船頭が早く乗ってくれと急かすのを、「あれ？ジイタンはどこへ行ったのかしら？さがさなければ」と、来た道をさがしに引き返したら目が覚めたと言う。もし、急かされたまま川船に乗っていたら、あの世に行っていたに違いない。後戻りして探したジイタンは言うまでもなく既に三途の川を渡っていた。父の死後三日目。この日、父の葬式を出したのである。
緊急！緊急！
二階でこの原稿を書いていたら、女房がバタバタと階段を駆け上がってガー助の急を告げた。今回はガー助発作の発見が遅れた。ガー助はとうとうこと切れた。暗然とした気持ちである。
以下は、この翌朝のこと、
母（亡父の連れ合い）が父の祭壇前で、「ジイタンは桃太郎さんみたいね。鬼退治するのに、ネコ（チョビ）や犬（ガー助）をお供に連れて行くなんて」と、つぶやきつつお灯明を灯し線香をあげている。
この日の午後義母（女房の母親）から電話があった。義母は昨夜棺桶の夢を見たということである。夢に、大きい棺桶が一つと、小さい棺桶が三つ見えたそうだ。大きい
一つはお爺さん（私の父）の棺桶であろう。小さいのはチョビとガー助のではないか。
だが、小さい棺桶は三つあって、残る一つがだれのだか判らない。小柄な義母は自分のかと思ったそうだ。或いは私の母のかも知れぬ。義母は娘（私の女房）に問うた、
「あんたとこのおかぁさんはお元気？」と。「棺桶に入る順番から言ったら、次に入るのは私かあんたとこのおかぁさんだものねぇ〜」と。
以下はさらにその翌日のこと、
女房の弟の嫁から電話があった。
「うちのピョンタ（飼いうさぎ）があの日死んだのよ。姉さんとこのお爺ちゃんに付いて行ったのかしら」と。三つ目の棺桶はピョンタだった。桃太郎爺さん、ウサギ・犬・猫・を連れてただいま地獄の鬼退治中。